ART(補助生殖医療技術)を受ける方へ
ART(補助生殖医療技術)とは
卵巣から卵子を特殊な注射針を用いて採取し、からだの外(培養器の中)で夫の精子と混ぜ合わせて受精させ、受精した受精卵を細いカテーテルで子宮内に戻すことにより妊娠を期待する方法です。
1978年にイギリスで始められた画期的な不妊治療で、現在では世界中で広く用いられ、日本でも現在までに累積で40万人以上の児が出生しております。
体外受精は、卵管に異常がある場合、人工授精を繰り返してもなかなか妊娠しない場合、精子に異常がある場合などの治療方法として確立したものと考えてよいかと思います。ただし、極度の精液異常の患者さんでは顕微授精が適応になります。
方法・手順
当院では、以下の過程を 通院しながら実施いたします。
STEP1
排卵誘発剤の注射(約10日間毎日)で複数の卵を育てます。
STEP2
採卵は卵胞を超音波でモニターしながら、経腟的に針で吸引採取します。
(静脈麻酔下に実施し、所要時間は約30分です。)
STEP3
採取した卵胞液の中に含まれる卵を顕微鏡下で確認し培養します。
STEP4
採卵した卵と精子をシャーレの中で混ぜ、より受精しやすい環境におきます。
STEP5
その後、受精の状況を確認し、分割胚~胚盤胞にて凍結保存します(全胚凍結を原則といたします)。
STEP6
採卵終了後1周期は体調を整えて、凍結胚移植に臨みます。
STEP7
凍結融解胚移植は原則、ホルモンで子宮を調整しておこないますが、自然排卵周期も考慮いたします。
STEP8
胚移植の際は、超音波で子宮をモニターしながら、受精卵を細いカテーテルで子宮内に移植します。
顕微授精 とは
精子の数が極端に少ない場合や精子の運動性が悪いなどの「重症男性不妊」や一般精子検査では問題ない場合でも体外受精をおこなっても受精できない「受精障害」などのカップルは顕微授精が必要となります。
精子と卵とが受精する際、卵側には、「卵丘細胞」、「透明帯(卵の周りを包んでいる殻)」、「卵細胞膜」という3つのバリアーがあり、精子の状態が悪いと精子がこれらのバリアーをうまく貫通できないのです。このような場合におこなう治療法が「顕微授精」です。
極細のガラス管に精子を一個だけ吸引して、採卵した卵の卵細胞質内に直接注入する方法
(ICSI:イクシー:卵細胞質内精子注入法)が主流になっております。1992年に、ベルギーの Palermoらが妊娠例を報告し、一個の精子でも受精が可能なことから広くおこなわれるようになっております。
※無精子症の場合は、泌尿器科医と連携して治療をおこなっています。
胚の凍結保存とは
採卵周期に複数の受精卵が得られた場合、余剰胚を次回以降の周期の為に、-196℃の液体窒素の中に凍結保存しておく方法です。1983年にオーストラリアで妊娠出産例が報告されて以来、広く普及してきました。その後凍結保存法は目覚ましい技術的な改良がなされ、2000年以降、日本で開発された超急速冷却ガラス化保存法の普及により、凍結胚移植の妊娠率が新鮮胚移植の妊娠率を上向っております。2018年の報告では高度生殖医療(ART)による出生児数の85%以上は凍結融解胚移植によりもたらされており、今や胚の凍結は生殖医療に必要不可欠な技術となっております。
体外受精・胚移植のタイムスケジュール
体外受精は予約制のため、あらかじめ承諾書の提出をお願いいたします。
検査について
術前検査(妻)
体外受精を希望される方は、治療を希望する月の前の周期の月経終了後に受診していただき、下記の検査をおこないます。
- 血液型(ABO型、Rh型)
- 貧血検査
- 出血傾向の検査
- 感染症検査(B型肝炎抗原、C型肝炎抗体)
- 肝機能検査
◎下記の時間に受診してください。
平日:AM8:30~AM11:00、PM14:00~15:00
※予約の時間帯や土曜日に体外受精の検査・説明はおこなえません。
※前回検査後6ヶ月以上経過した場合は一部再検査が必要です。
精液検査(サバイバル検査) (夫)
体外受精にて使用する培養液中での精子の受精能力を確認する目的で実施しております。
ご主人様に精液を採取してもらい、その精子の当日と翌日の状態(運動率、生存率)を調べ、顕微授精が必要かどうか判定いたします。
当院での卵巣刺激法について(PPOS法)
黄体ホルモン併用卵巣刺激法
体外受精では移植可能な良好胚を得る確率を高めるために、排卵誘発剤による卵巣刺激をおこない、複数個の成熟卵を採取するようにします。当院では主にPPOS法を採用しております。
この方法は月経開始後3日目頃に来院していただき、超音波で卵巣をチェックし、問題がなければ排卵誘発剤の注射を開始いたします。それと同時に発育卵胞が採卵する前の早期に排卵してしまうことを避けるため、黄体ホルモン剤の内服を併用いたします。卵胞の平均径が18mm以上に発育するまで連日注射をいたします。その間、2~3日毎に卵胞チェックをいたします。
採卵日の決定
最低2個の卵胞が長径18mmに発育した段階で採卵日を決定します。
この時点で手術の詳細を説明いたします。採卵日が決まりそうな診察日は、説明がありますので、指定の時間に受診してください。
採卵日が決定した場合は、卵の成熟を促すために採卵2日前の夜20:30
及び21:00に点鼻薬をおこなっていただきます。
経腟採卵術
十分に卵胞が大きくなった時点で採卵手術をおこないます。
手術当日、朝8:20までにご夫婦で来院していただきます。
外来診察室にて排卵の有無をチェックした後、手術室に移動し、採卵術を実施いたします。
採卵後は回復室にて夕方まで安静にしていただきます。
当日ご本人は車の運転ができませんので、午後3時頃ご家族の方にお迎えに来ていただきます。
採卵術後の診察
採卵1週間後に診察に来ていただきます。
その際、受精卵の状況や、凍結状況のご説明をいたします。
胚の凍結
採卵した卵子はそのままの状態ではなく、体外受精させて胚とした後に凍結保存いたします。
一般に、胚はそのまま凍結すると損傷を受けるため、損傷を受けないように特別な凍結保護液を用いて処理し、-196℃の液体窒素の中に保存いたします。日本で最も標準的に実施されている方法で、胚のダメージが少ない、Vitrification法(超急速冷却ガラス化法)にておこなっております。
凍結融解胚の移植時期
採卵後、1周期は体調を整えていただき、その後移植に臨みます。
凍結保存しておいた胚を子宮に移植する場合は、原則として卵胞ホルモン(貼付剤)と黄体ホルモン(膣錠および内服)にて子宮内膜を調整して移植をおこなう「ホルモン調整法」にて実施いたします。採卵周期のような注射等による治療は不要なため、通院回数も少なく、体に対する負担も軽減されます。
凍結融解胚移植の方法
胚移植希望周期の月経が開始しましたら、3日目以内に受診していただきます。超音波検査にて子宮内膜の状態や卵巣の状態をチェックして、異常がないことを確認できましたらホルモン剤をスタートいたします。
隔日に貼りかえる貼付剤(エストラーナテープ)から使用いたします。子宮内膜が8.0mm以上になりましたら、胚移植日を決定し、黄体ホルモン剤を併用します。黄体ホルモン剤は膣内に挿入する膣錠および内服薬を使います。
凍結融解胚移植
あらかじめ指定した日時(時間厳守)に受診していただきます。移植胚についてご説明したのち、胚の移植をいたします。胚移植の際は、超音波で子宮をモニターしながら、受精卵を細いカテーテルで子宮内に移植します。
妊娠判定
胚移植後約2週間目に、妊娠の判定をいたします。
その他わからない事がありましたら、遠慮なくお尋ねください。
体外受精・胚移植に関する留意点・副作用
当院では開業当初から、日本産科婦人科学会の生殖補助医療実施医療機関として登録しております。体外受精・胚移植の運用に当たっては、学会規約及び平成17年4月に施行されました「個人情報保護法」を遵守するとともに、毎年治療成績の報告義務を果たしております。
妊娠率
日本産科婦人科学会では胎嚢を認めたものを妊娠としています。凍結胚移植に関する2018年における全国集計では、妊娠率34.7%、妊娠当たり流産率25.5%、多胎率は2.9%です。凍結融解胚移植では、一般に流産率が高い傾向にありますが、出生した児の先天異常児の割合は2.3%で、自然妊娠での先天異常児率3%と比べ、偏った異常は認められておりません。
多胎妊娠(双子、三つ子など)
胎児数が多くなればなるほど母体の妊娠合併症の率や早産率が高くなります。高い妊娠率を得るために、以前は複数個(3個)の分割卵を移植することが日常的でした。その結果、多胎妊娠率は15%-20%と高率でした。日本産科婦人科学会は多胎妊娠予防のため、平成20年4月に会告を出し、生殖補助医療の胚移植において、移植する胚は原則として1個となりました。ただし、35歳以上の女性、または2回以上続けて妊娠不成立であった女性などでは、ご夫婦の意向も十分踏まえ、複数胚の移植も考慮しております。
2018年度の集計では2,024例の多胎妊娠が報告されており、98%は双胎妊娠(双子)でした。品胎妊娠(三つ子)は32例、4胎妊娠は3例報告されております。
先天異常
自然妊娠では出生時の染色体異常、先天異常の発生は約3%と推定されております。
現在までに体外受精・胚移植によって生まれた子供たちは、約10万人を超えておりますが、今までの報告の範囲では、染色体異常の発生率、先天異常の発生率は自然妊娠の異常児の発生率と比べ差がないといわれています。
2018年の集計では、体外受精により出生した児の奇形発生率は2.3%で、特別偏った胎児異常はありませんでした。顕微授精を用いた治療によって生まれた子供たちは、現在までに約10万人に達しておりますが、一般の児と比べて、顕微授精で生まれた児に染色体異常や泌尿器系の形態異常の割合が多いとの報告もあります。極度の精子濃度の低下を認める場合(高度乏精子症)や無精子症の男性では、造精機能をコントロールしている遺伝子群の異常や染色体の異常を認める率が高いことが知られており、このため顕微授精によって妊娠が成立し男児を獲得した場合には、父親と同じような造成機能障害や遺伝子欠損を受け継ぐ可能性を指摘されております。
異所性妊娠(いわゆる子宮外妊娠)
異所性妊娠は、2018年度の集計では360例、約1.3%(自然妊娠では全妊娠の1%前後)でした。卵管に障害を認めるグループに多いといわれています。
採卵処置に伴う感染・損傷
卵の採取は超音波で観察しながらおこないますので一般に安全なものですが、まれに血管、膀胱、腸管を損傷する可能性があります。採卵に用いる針は、細い注射針ですのでまず問題はありません。
排卵誘発剤(HMG製剤)によるアレルギー性反応
HMG製剤は筋肉注射あるいは皮下注射で投与します。まれに注射部位の炎症、発熱、関節痛、頭痛、全身倦怠感などのアレルギー反応が起こることがあります。そのような場合は、遺伝子組み換え製剤などのFSH製剤への切り替えを検討いたします。
治療の中止について
排卵誘発剤を投与しても卵胞発育が不十分な場合、採卵手術をするも卵が採取できなかった場合、卵が全く受精しなかった場合などでは本法を途中で中止する事があります。
その他
卵巣過剰刺激症候群は、排卵誘発剤の投与により卵胞が多く発育し、採卵後の黄体や小卵胞からの活性物質により、卵巣腫大、腹水貯溜(乏尿、体重増加)、胸水貯溜(呼吸困難)、血液濃縮を起こすもので、重症化すると生命に関わることもあります。重症化を防止するために、卵巣刺激方法の工夫や受精卵の凍結保存を考慮いたします。
当院では、卵巣過剰刺激症候群の予防の観点より、黄体ホルモン剤併用の卵巣刺激方法で採卵し、受精卵は全胚凍結する方法を選択しております。融解胚移植の際には強力な排卵誘発剤を必要としないので、重症な卵巣過剰刺激症候群になることはありません。
凍結胚融解移植の安全性について
胚に対する凍結、融解の影響
凍結保存法ですべての胚が再び正常な状態に戻るわけではありません。
2000年頃から普及してきた優れた凍結法であるガラス化法はその後も技術改良が重ねられておりますが、凍結・融解時に胚が受けるダメージは0%ではありません。数値的には、5-10%前後の確率で胚の質(グレード)は低下すると言われております。
出産児に対する影響
凍結胚を用いた治療で2018年までに出生した累積新生児数は396,926人と報告されておりますが、特に偏った特別な奇形が多いとの報告はありません。